日本語という同じ言語を話していても「実は話が通じてない」と、いうことはよくあることです。
 りんちゃんが「玉縁」と呼んだ部分に関しては、第7回で説明しました。三和機販の片岡プロも、その話を聞いて「ここのこと」と分かってくださっていたのです。ただ、通常はあまり重要視されない場所だったので、そこまで重要だと思わず、理解しつつも頭からすり抜けてしまっていたようでした。

 

 通常のステンレス製品は厚さ0.4~0.6ミリ程度。カットした断面は薄いので耐久性がない。そして断面が鋭利なので(厚みがあれば“面”になるが、薄いと“刃”のような状態になる)危険でもある。だから、通常のボウルやキャニスターの端はカールさせて処理するのです。カールさせることで、鋭い箇所は隠され、かつ、耐久性も出ますが、丸まった部分に汚れが溜まりやすくなります。でも、もしその断面に厚みがあれば、縁をカールしなくても耐久性があり、カールがないことで汚れを溜め込まずに済むだけでなく、液垂れもしにくくなるのでは?とヒロ坊とりんちゃんは目論んでいたのです。

 

 2015年7月の決起大会から約半年。冷え込んだ12月のある日、いつもの通り、片岡社長の奥様が入れてくださったコーヒーで暖をとりながら、りんちゃんが一所懸命「玉縁」の厚みを利用することを片岡プロに説明しています。その時です、片岡プロが「あ、こういうことね!!!」と、まるで、寝ていた子供が起きたように、突然、謎が解けた!という感じで、りんちゃんの説明を、絵に描き確認し始めたのです。

 

「あ、こういうことね!」の片岡プロ。

この縁が特許につながります。

 この時のことを、ひろ坊は「あの縁の厚みって、(スピニング機械の)ローラーが触らない部分だから、言ってみれば人も機械も制御できない部分。まさか、そんな不確実な箇所を有効利用するってのが、ピンときていなかったのかも 」と分析し、納得したのでした。
*「フチに厚みを残したボウルを作りたい 」というのがひろ坊からりんちゃんへの依頼だったことは前回の7回目をお読みください。

 

 conteチームは「後々まで、使って良い!と思えるものを納得するまで、焦らず開発する」ことを信条としています。が、一応目標を2016年6月に東京・ビックサイトで行われる見本市「インテリアライフスタイル」で発表することと決めました。サイズは3サイズ。直径13センチ、18センチ、22センチ。22センチが一番大きなサイズ、というと小さい感じがしますが、conteは「直径は小さいけれど、深さがある」ため、見た目よりも相当な量が入るので、22センチまででよし、ということになりました。

 

 今まで、幾多のキッチンボウルが世の中に存在しましたが、conteのキッチンボウルは一味違うものができてくることを、じわりじわり、と感じてきました。が、貪欲なメンバーは、「使う時に不満を感じない」ことを目指し、「もっと良いもの」に余念がありません。どのサイズもそれぞれの大きさに応じての用途を見つけられましたが、特に13センチに関しては「材料の取り分け用に、何個も同時に使う人が現れるのではないか」という意見が出ました。だとしたら、同じサイズのボウルは使った後、当然重ねることもあるでしょう。「既存のボウルで、同じサイズを重ねたらはまりこんで抜けなくなって困った、と言っている人がいた」という話が出てきました。その話を聞き、りんちゃんは早速、図面修正に取りかかりました。見た目の印象は変わらないのですが、ちょっとだけ図面を修正して「はまりにくい」線をあっという間に見つけたりんちゃんのその才能に、「デザイナーの真髄」を見た気がしました。

 

 図面ができ、ひろ坊が工程に合わせた金型や治具、分業の段取りをつけて行き、ついにボウルができました。が、まだまだ完成ではありません。ここで「小林プロ」の登場です。小林プロは「つっきり」のプロです。つっきりというのは、ステンレスの「縁」を切る専門職。淡々、と作業されているのですが、実はすごい腕を持っており、ひろ坊も全幅の信頼をおいています。5月のある日、出来立てほやほやのボウル(まだ完成品ではない)を持って、小林プロのところに行きました。りんちゃんの図面に従って、プロが縁を突っ切っていきます。にこやかな小林プロの顔がキリリと変化し、専用のろくろの芯にボウルを設置し、(ひろ坊の説明によると「半自動旋盤についた専用の治具の芯に合わせて」です)回転させて切削していきます 。
りんちゃんの図面通りの角度ができましたが、そこからりんちゃんは何度か微調整をお願いしました。現場主義のりんちゃんは、図面が立体になった時、違和感を感じれば、図面はそっちのけで、現場での感覚を大切にするのです。

 

ザ・職人といった風情の小林プロ。プロのおかげで「キレのいい子」に仕上がりました。

最初、小林プロはデザイナーに対する警戒心を持っていたが、すっかり打ち解けた。

「つっきり」後の縁

 出来上がった数種類を持ち帰り、今度は実証実験です。水を入れ、出汁を入れ、溶き卵を入れ。何種類か作ってもらったうちの、一つの角度のものが、「ピタっ」と、液垂れせずに縁で止まった時は、思わずその場にいた一堂が息を飲みました。ただし、残念ながら油はダメでした。粘性(表面張力)の違いから、油は別物なのです。でも油以外のものが縁で止まる様は本当に見事でした。 

 

 生まれてきたconteのまかないボウルは実に「お行儀良い」ボウルになりました。まずはこの「縁のピタ」ですが、そのほかには「安定の良さ」。これは、底面が小さく、高さがあるので、安定が悪いと一見思えますが、例の片岡プロの仕事で、底面に厚みがあることで全体の重心が下がり、安定が良いのです。そして「食材が飛び散りにくい」。conteのように口径に対して深い形状のボウルは、菜箸や泡立て器でかき混ぜても食材が外側に飛んで行きにくいのです。「液だれしない」「安定が良い」「食材が飛び散りにくい」という「お行儀の良い」ボウルが誕生したのでした。

 

 そんなこんなで、無事に見本市を迎え、万々歳のデビューを飾ったのですが、その後、例の玉縁。なんと特許を取ったのです。conteのデビュー後、玉縁を突っ切ることによる、“今までにない使い心地” は、開発メンバーが思った以上のものだったので、「特許を取ってみては」ということになりました。特許を取ることは、 ひろ坊にとっても初めてのことでしたが、新潟県は工業製品を多く作る場所なので、いろいろな勉強会や情報が溢れています。ひろ坊は伝手を辿って、弁理士さんに相談してみたところ「特許、取れるかもしれないね」ということになりました。

 

 ひろ坊に「公開特許公報」を、見せてもらいました。
 色々、ややこしく感じることが書かれていますが、ある項目に「はっ」としました。

【発明名称】
【発明の詳細な説明】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【発明の効果】

 

そうなんだ。“発明”なんだ。“発明案件”だから、こんなに使いやすいんだ、と納得がいきます。

特許庁の「特許申請のいろは」の特許権を取るメリットは?を引用します。

 

 特許を出願する前に、知っておいてもらいたい基本を3点紹介します。
1. 技術的思想の創作である「発明」が保護の対象。
2. 権利の対象となる発明の実施(生産、使用、販売など)を独占でき、権利侵害者に対して差し止めや損害賠償を請求できる。
3. 権利期間は、出願から20年。

 

 こんなに使いやすいconteは発明であり、特許申請に値する、と納得したのでした。
そして2017年、無事に「台所用器具及びその製造方法」ということで、特許を取ることができたのです。

 

 りんちゃんがかつて言っていた言葉を思い出しました。「形と機能や使い勝手が備わって初めて「デザイン」になると考えている」と。

こうして、りんちゃんの使い勝手と素材の特性を考えたデザインを、ひろ坊がまとめ、多くのコンテナでの移動を経て何人もの職人さんの手を経て、conteは世に出ることになりました。