話はその1と被ります。
ヒノさんの「もっと違うキッチンボウルが出来ないだろうか」という、飲みながらの一言
(第一話)を見事に拾ったひろ坊。「デザイナーにデザインを頼みたい」と、言っていましたが、この頼み方もなかなか良い頼み方だったのです。
地場産業を渡り歩くヒノさんは、たまに、地場産業のメーカーさんから「売れるモノをデザインしてくれるデザイナーを紹介して欲しい」と、言われます。その一言を聞くたびに「そんなデザイナーがいたら、世の中、売れるもので溢れます。そんな良い話はないです」と、諭します。工場がデザイナーと仕事をする時、それは
「依頼」ではなく「協働」でなければいけない、
とヒノさんは思うのです。「こんなモノを作りたい」、とか「このような技術があるから、それを活かせないか」とか、依頼主であるメーカーは、貪欲にデザイナーに働きかけて、一緒に歩む姿勢でないと、本当にいいものは生まれないと思うのです。
ひろ坊は、デザイナーに依頼するとき、「作る側として、デザイナーに何か(作り方など)を提案する」ということを、当然のように思っていました。今回も「ボウルをデザインして」だけではなく、「“こんな作業”をデザインに活かせないか」と、まず、提案したのです。
ひろ坊の工場は“プレス”の仕事をしています。プレスは、オス型、メス型、二つの金型があり、材料はその二つを押し沿わせることで、形が出来上がります。ひろ坊が提案した“こんな作業”とは、他社が行う分業の工程である“スピニング”でした。
スピニングは、オス型にローラーを当てて作業をします。回しながらの作業なので、プレスのような不定形はできず、回転体だけですが、お世話になっているスピニング工場の作業を見てひろ坊はピン!と来ました。ステンレスを延ばしているうちに“板の厚みが変わる”のでした。
金属の厚みが変わる?と思われる方もいらっしゃるかもしれません。金属を“絞る”という言い方をご存知でしょうか。スピニングの手作業版として、“へら絞り”という作業があります。職人さんの作業を見ていると、あまりのスムーズな動きに、何の不思議も感じないのですが、みなさん。布を用意してください。それを丸いボウルに掛けてみてください。必ず“ヒダ”が寄りますよね。なのに金属の丸いステンレスボウルはヒダがないのはなぜか。金属は面白いことに、金属の内側で組織が動いていくのです。
へら絞りの作業を見ると、本当に不思議ですが、じわりじわりと押して、寄せて……を繰り返していくと、しわもヒダも寄らないのですが、組織が移動するので厚みが変わっていくのです。この作業でできる「厚みの違い」をうまく利用して、「よくある縁を巻く代わりに、フチに厚みを残したボウルを作りたい 」というのがひろ坊からりんちゃんへの依頼でした。
もし、このスピニングを使うなら、型が一つ(オス型だけ)で出来る、というのも最初のトライアルとしてはありがたいことでした。(ちなみに、プレスで深い凹みのカップなどを作ろうとすると、徐々に形を変えていくので、金型を何回も変えたりすることもあるそうです。きっちりと型通りに出来るのですが作業も大変だし、お金もかかります!)
さて、りんちゃんは“キッチンボウル”というお題に対して、3つのことを考え始めました。
第一に
・縁を丸めずに強度を出す
でした。一般的なキッチンボウルの縁は丸くカールしています。それはなぜかというと「安全性」と「強度」のためです。薄いステンレスが切りっぱなしだと危険ですし、弱いので、丸めて強度を出しているのです。
第二に、
・口径がすぼまったかたち
何かというと、直径が小さめの方が、作業がきれいにまとまる、ということを、りんちゃんは経験から学んでいました。
横広がりのボウルは一見、安定が良く使いやすそうですが、実は、かき混ぜる際に動きが“外へ外へ”となるので、中身が外に飛び出しやすいのです。それが、すぼまっていると、“動きが縦になる”ので、コンパクトにまとまった作業性を実現する、という理論です。これは、その後、お菓子を作る方から「このボウル、一回転が早く回せるから、泡だても早くできるわね」と、言われました。
第三に、
・安定性
でした。作業の途中で、計量スプーンやレードルを置いて、うっかり他の作業に移った時でも、倒れないような安定したものにしたい。
そうです。機能や、使い勝手、そして、素材や作り方、作業工程を見極めながら、かたちが出来上がっていくのがりんちゃんなのです。
ですから現場実習は最重要事項です。
記録を見ると2015年7月6日に新潟(顔合わせの出張はプロジェクト結成前に済ませていますが、conteとしては)初出張をしています。
(これが第4回の出張です)
8時46分 | 燕三条駅 |
午前 |
スピニング工場 バレル研磨屋 燕市産業史料館 |
お昼 | 杭州飯店(定休日でない限り、必ず!です) |
午後 | 縁巻き&突っ切り工場 電解研磨屋 〜会社で打ち合わせ |
(conteの名前は早々に決まっていましたが)その後のやり取りで、ボウルのことは「玉縁ボウル」と呼ぶようになりました。
玉縁、というのは、陶磁器の器で、縁が丸くなっている形状のことです。ですが、元々は金属の形状を陶磁器が写したのでは?という説がある言葉です。
その後、conteチームは、それぞれの工程のマイスターのことを“プロ”と呼ぶようになるのですが、最初のマイスターはスピニング工場、三和機販の片岡プロの訪問となりました。
そこで、りんちゃんは「玉縁」というconteが持つ特許につながる形状に出会うのでした。